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桜 




こんばんは。

一昨日から「桜の開花宣言」が続々と届けられていますね。
桜は私の大好きな花のひとつです。
そして、ちょっと母の事を思い出す花でもあります。



母が亡くなったのは3月上旬。
桜が咲くにはまだまだ時間がかかる頃でした。
亡くなる1週間前に病院まで送ったのですが、
病院まで行く途中に桜の木があって、
窓越しに「まだまだ咲きそうにないなあ」と思ったのを覚えています。
そして…
母が亡くなった時に思った事は

「桜の時期じゃなくて良かった」

という事でした。
もし桜の時期だったら桜を見る度に思い出してしまって、
悲しみが癒えるまでにはもっと時間が掛かったと思うから。



でも、今年の母の命日のお天気が3年前と似ていた事が嬉しかった様に
もしかしたらその悲しみを癒してくれるのもまた桜なのかも知れませんね。




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3年 




早いもので母が亡くなって丸々3年が経ちました。
本当に早かったです。



今年の3月6日は、まるで3年前の様なお天気でした。




命日 



「命日」と言っても母の、ではありません。
母の大事なお友達の、です。
その方は母が亡くなる7年も前に先に逝かれた方。

7年前、その方は入院をしていました。
母は1人でお店をやっていたのですが、
ほぼ毎日の様に病院に行ってからお店に入っていました。
私も時には送り迎えをしていました。
でも、病室には行った事がなく…
そんなある日、ふと
「たまには病室に顔出して行こうかな」
と思ったんですね。
病室に入ったら病気で痩せてしまったその方がいて、
私の顔を見ると嬉しそうに満面の笑顔を見せてくれました。
そして、
「髪の毛切ったんだね」
と気付いてくれました。
それなのに私ときたらその方がもうそう長くはない事を知っていたので、
うまく笑う事ができなくて薄笑いみたいになっちゃって、
「元気ないね」
って逆にその方に心配されちゃいました。
そして…


その日の夜、その方は亡くなりました。


もしかしたらその方に呼ばれていたのかな?って
今でも「今日」という日になると思ってしまいます。
今頃は空の上、
母と笑いながらおしゃべりしているといいな、と思います。





写真 




今日、仏壇とその周りのお掃除をした際に仏壇の横に飾ってあった写真を替えました。
勿論、両方共に母が写っている写真です。
それまでは母が選んで飾っていた孫(私にとっては姪っ子)の写真だったのですが、
孫と一緒に母が写っている写真2種にしました。
一枚は弟の子供が生まれた時に撮ったもので、
もう一枚は妹やその子供と一緒に泊まりに行った時のもの。
どちらもとてもいい顔していたので…って、孫と一緒なんだから当たり前なんですけどね。

そう言えば、
少し前にずーーーーーっと現像しないでおいたフィルムを思い切って現像に出しました。
今はデジタルが主流なので、手間とお金が掛かったのですが、現像に出して良かったです。
殆ど私が友達と遊びに行った時のものでした。
でも、その中に何枚か母の写真もありました。
近くの公園に一緒に行った時に撮ったもの。
そして、同じ構図で私が写ったものも…つまりは母が撮ってくれたものでした。

母は機械オンチで、ビデオやDVDの録画はおろか再生する事もできなくて、
携帯もかなり経ってから半ば無理矢理買わせたのですが、
通話はできるものの、メールは皆無に等しかったです。
そんな人だったのにその写真はとても上手に撮れていました。



母が写っている写真と母が写してくれた写真。
今となってはどちらも大切な宝物です。




月命日 




今日は母の32回目の月命日でした。
早いものです。

亡くなった年には母の思い出に触れる度につらくて、切なくて、
泣いてばかりしました。
翌年には少し気持ちが落ち着き始めて、
なんとか以前と同じ様な日常を過ごす事ができました。
そして今年は…
母との思い出を笑って話す事ができる様になりました。
完全に癒えた訳ではないけれど。

少し前の日記に鯛焼きの話を書きましたが、
これにも母との思い出があります。
同じお店ではないけれど、私が友達と鯛焼きを食べて来た、
と言ったら子供みたいに拗ねて
「なんで私の分も買って来てくれなかったの」
と。
その4日後に母は入院しました。
それもその鯛焼き屋さんの近くの病院に…

あれからずっと後悔していました。
「なんで買って来てあげなかったんだろう」
って。
それからしばらくして母が亡くなってからは、
病院も、鯛焼き屋さんにも行く事ができなくなりました。
私の中で1つのトラウマになっていました。
でも、お店は違えど鯛焼きを食べて
「美味しい」
って思えた事は私にとって驚きでした。
2年もの時間が掛かったけれど、
それでも私は生きて、前に進んでいるんだなあと思いました。
すぐに…は無理かもしれないけれど、
近い内にあの鯛焼き屋さんにも行ってみようと思います。
勿論、今度行ったらちゃんと母の分も買って来るつもりです。









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頼子

Author:頼子
富士山のお膝元に住むおひとりさま女子(アラフィフ)です。

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