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2012年06月の記事一覧

母の思い 



こんばんは。
今日は雨が降る、と予報では言っていたけれどなんとかもちました。
…と言うか、まだ降る気配がありません。^^;
ちなみに私、「降水確率40%以上=傘を持つ」という様に決めてます。





この前の日曜日、母のお友達(女性)がお線香をあげに来てくれました。
その方は母が検査で総合病院に行った時に付き添って下さった方で、
母が集中治療室に入る直前まで一緒にいて下さった方です。
つまり…


母が生前最後に会ったお友達


です。
その方とは母の葬儀以降会ってはおらず、
気になりつつもずるずると3ヶ月が過ぎてしまいましたが、
ようやく私の方から連絡をして、今回の訪問となりました。

その方はとても気さくな方で、
母が生きていた時にはよく我が家に来て下さって、
私ともお話をしてくれていたので違和感なくお話ができました。
そのお話の中で、
母が私の事をよく話していた、と聞かされました。

母の死後、
母の多くのお友達から「よく○○ちゃん(=私)の事を言っていたよ」とは聞かされていたのですが、
その方に、母が話していた事を聞いた時には涙が溢れて止まりませんでした。



「最近、私の言う事をよく聞いてくれてしっかりしてきて安心しているのよ」



そう母は、その方に言ったそうです。
こういうのって結構、くるんですよね。
私の知らない所で私の話をする母。
得意そうな笑顔で話す母の姿が目に浮かびます。



私には私の、
私以外の兄妹には兄妹の、
お友達にはお友達の、
それぞれしか知らない母の顔があって、
それぞれにしか持つ事のできない母との思い出があるんですよね。
そんな色々な母の顔や母との思い出を1つでも多く知る事ができたら…


「母の思い」をもっと知る事ができるんじゃないか、って思います。








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初盆 




かなり間が空いてしまいました。
このままだとダラダラとしてしまいそうなので、
思い立って書く事にしました。

3月に母が亡くなった事は前の日記に書きましたが、
当たり前に今年の夏は『初盆』です。
地域によっては『新盆(にいぼん)』とも言うそうです。
私の住んでいる所は両方使われるみたいですが。
あと、
お盆は地方によって7月だったり、8月だったりします。
私はお寺さんから「8月のいつがいいですか?」と訊かれたので、
お盆=8月と思いこんでました。
ところが弟夫婦から「7月の所もあるんだからちゃんと調べた方がいい」と言われ、
知り合いのいる仏具屋さんに確認したら「8月でいい」と言われました。
その後、
お友達のお母さんにお盆について色々と教えてもらった時に訊いたところ、
私達の住んでいる町の中心部は8月のお盆の頃に大きな夏祭りがあるので、
そういった所は7月にやるんだよ、とものすごーく納得のいく答えを頂きました。
更には昔聞いた事があるけど内容までは知らなかった地方独特のお盆の風習について
色々と教えてもらってすごく有意義な時間を過ごす事ができました。

母の葬儀以来、
次から次へと初体験な事が続いて右往左往しています。
でも、さすがに自分1人では分からない事だらけで、
関東に嫁いで義母を看取った妹に訊いたり、
知り合いの仏具屋さんに訊いたり、
お寺さんに訊いたり…



聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥



…と開き直って訊きまくってます。
こうやって身に付けた事って忘れないだろうし、
またいつか役に立つ時がくると思って。
幾つになっても日々勉強、です。






2012年3月6日(火)7:33 


…に母が亡くなりました。
死因は「急性心筋梗塞」。
入院してたった1週間後の事でした。



「心臓が苦しい」と言いながら市販の気付け薬を飲んで休んだのが2月26日(日)の夜。
翌日、義妹に頼んで近くの個人病院に連れて行ってもらったら
「紹介状を書くので大きな病院で検査を受けて下さい」と言われて、
隣の市にある総合病院に連れて行ったら即検査で。
検査の結果を見た先生に「なんでこんなになるまで放っておいたの?!」と言われたのが29日(水)の事。
そのままICU(集中治療室)に入院。
入院した直後に担当医に言われたのは「20%覚悟して下さい」。
その2日後には「5分5分」ですと言われ、
更にその2日後には「もって2~3日です」と。
でも実際にはその翌日の朝に私を始めとする弟&妹の子供3人と弟のお嫁さん、
弟の子供&妹の子供2人の計7人に見守られながら眠る様にその生涯を閉じました。



両親は私が高校卒業と同時に離婚。
母はそれから女手1つで私達3姉弟妹を育ててくれました。
それから弟も、妹も結婚して独立し、
唯一独身で1人暮らしする理由もなかった私が母と2人暮らしをするのは自然の流れでした。
その母が亡くなった今、私は母と過ごした家に1人で暮らしています。
「いつかはくる」と思っていた近い未来が現実となって私の前にあります。
幸い仕事もしているし、
家事も人並みにはこなせるので生活に困る事はありませんが、
「母がいたら…」と思う事がないわけではなく。
それでももう母は帰ってきません。
母と2人で暮らしていく事を選んだ時から決まっていた未来=今。
今は天国から心配そうな顔で覗きこんでいる母に、
胸を張って「大丈夫だよ!」って言って安心してもらえる様に1日1日を大切に生きていきます。





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頼子

Author:頼子
富士山のお膝元に住むおひとりさま女子(アラフィフ)です。

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